<自己を知る>挫折 とゴキブリ

思い起こせば、僕の人生は挫折の連続である。

<小学校>
小学校のテストはいつも100点で自分は天才だと思っていた。中学受験のため小学3年生から、友達5人と一緒に塾に通い始めた。その友達のうち2名は灘、2名は甲陽、そして僕は相当ランクが下の関学へ。

人には努力ではどうしようもない能力の差があることを知った。

<中学校>

小学校では走りも速く、体も大きかったので自信をもって花形のクラブへ入部。中学で身長は止まり、小学校の時は恵まれた体型だったから運動神経がよいように見えただけであることが判明。

自分は運動神経が悪いことを知った。

<高校>

高校では心機一転ラグビー部へ所属。腐っても花形クラブに所属していた自信から、すぐに活躍できると思っていた。3年の最後の大会では、1年生にレギュラーを奪われ試合にでれず。

自分はアスリートとしての適正がないことを知った。

<大学>
懲りずに大学でも体育会ラグビー部へ所属。4年の時に部員数の関係でパートリーダーになった。

同じポジションの後輩から

「林さんのようなしょぼいプレーヤーにはついていけない。これからはあなたの指示は受けない。

おまえら(他の後輩)もこんな人の指示を受ける必要ないぞ」

と言われた。

これほど屈辱的なことを言われても、奮起できずレギュラーに定着することなく引退。

自分は何かを徹底的に突き詰めることができない人間だと知った。

<社会人>
大手生命保険会社へ入社。ラグビーできつい練習に耐えた精神力があるから活躍できると思っていた。仕事ができなすぎた。人生でこれほど怒られたことはない。これからもこれ以上怒られることもないだろう。営業でない、企画・事務の仕事でこれほど怒られたのは同期でも僕くらいだろう。

3年目の異動で出向。もちろん希望はしていない。

社会の厳しさを知った。
<社会人2>

転職した。大手企業で勤めていたプライドもあり活躍できると思っていた。

打合せ、議論のスピード(論理の組み立て、思考のアウトプット)に全くついていけなかった
自分の頭の回転の遅さを知った。

 

・これらの挫折から帰納的に見えてくる自分のキャラクター

・こんな人生なのに、前向きに生きている理由

・まだこの世に存在できているわけ

 

それを、学生時代の友人はこう表現した

 

「ゴキブリ並みの生命力」

 

日本に隕石が落ちても「ゴキブリ並みの生命力」で生き残りたい。

 

最後に、今も前向きに生きている理由が一つあるとすれば「挫折」を「挫折」で終わらせず、自らの成長の機会と前向きにとらえて、乗り越えてきたからだと思う。

 

神谷・伊藤(1999)によると、挫折を乗り越えた状態というのは、挫折経験に伴うネガティブな感情がなくなり、「今ではいい思い出である」「今思い出してもなんとも感じない」と判断するようになるということと定義されている。

 

 

また神原(2009)は、「挫折」という経験を受入れるだけではなく、それに対して何らかの肯定的な意味づけを行っている状態も、「挫折」を乗り越えた状態として考えられると述べている。

 

挫折の後にすぐにあきらめず、辞めずに、なんとか踏みとどまった。

自分は能力がないことを認めたうえで、自分ができることを考え自分なりの居場所(自分、組織の双方に価値を提供できるポジション)を確保してきた。

もがいた、 何も持ってないからそれしかできない。そうしないと自分の存在価値はない。

もちろん乗り越える過程で、逃げたり、友人に助けられることも多かった。

挫折があったからこそ今があるし、成長できた。

最近は、ぬくぬく している。

そろそろ大きな挫折が必要だ。

投稿者: Yoshitomo-blog

健全なる批判精神を身につけたいと考えブログを書こうと思いたちました。 社会全般、キャリア教育、子育て等を中心に徒然につづりたいと思います いつまで続くかはわかりません。

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

w

%s と連携中