<社会を知る>お坊さんという仕事-和歌山県白浜のお寺にて-

和歌山県白浜 のお寺に行ってきた。3度目の訪問だ。

お寺の住職は小学校からの知り合いで、中学~大学まで同じ部活で共に過ごした腐れ縁だ。私は唯一無二の親友だと思っている。

お盆にも関わらず、彼は仕事の合間をぬって、いつもと変わらない最高のホスピタリティーで迎えてくれた。

そんな彼の働いている姿を傍で見て、お寺は地域コミュニティの核であると実感した。

地域婦人会への会場提供(会場の掃除、必要な備品用意等)、地元海岸での慰霊祭参加、地域住民からの各種相談、地域住民向けの講演会、勉強会開催、などなど地域住民と常にコミュニケーションをとっていて、仕事とプライベートの区別がないような状況だった。

岩手県陸前高田市を訪問した時に、普門寺 (陸前高田市)住職から、東日本大震災時のお寺と地元住民との関係について話しを聞いた時も同じことを感じたが、

地域コミュニティにおいて寺院は単なる宗教施設だけでは無く医療機関、社会福祉施設、教育機関、そして地域の憩いの場といった様々な役割を時代に応じて担ってきた(藤雄好華,地域コミュニティにおける寺院の研究,2014)

のである。

今年、ネット通販大手「アマゾン」がお坊さんの手配サービスお坊さん便を開始したが、私は経済合理性や現状の個人とお寺の関係から考えるとお坊さん便は必要なサービスと思っている。

ただ、彼の働く姿を見ていると、お坊さんは単に法事や葬儀の際に一時的なサービスを提供するだけではなく、その後の精神的ケアも含めた生きる上での拠り所になる存在であり、単純にお坊さん便のサービスと比較するのは間違っていると感じた。

白浜のお寺は、そして彼は、間違いなく地元コミュニティになくてはならない存在だった。

彼は、縁もゆかりもなかった白浜という土地で様々な苦労を重ね、8年の時をえて地元の人に愛される存在になった。

SMAPと同じように、新しい道に進むことを決めた彼、彼ならどこへ行っても愛し愛される存在として生きていくだろう。

余談であるが、私は彼から「人は変われる」ということを学んだ。

学生時代の10年間、ほぼ幽霊部員だった彼が、最高学年(大学4年生)の時に放った輝きは忘れられない。

しかし、身体面では、小学校の時から、体重(約0.1t)は変わらない。

現在、過去最デブ記録更新中、0,13t

投稿者: Yoshitomo-blog

健全なる批判精神を身につけたいと考えブログを書こうと思いたちました。 社会全般、キャリア教育、子育て等を中心に徒然につづりたいと思います いつまで続くかはわかりません。

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