<書籍を知る>『地方創生大全』木下斉

流行りの地方創成のリアルを、実践している人の立場から描かいていて非常に興味深い。

・成功と失敗を繰り返しながら上昇気流をつくりだしていく日々の取り組みこそ、地域活性化のリアルp8
・事業性と両立させながら公共資産を充実させる知恵「日比谷公園」松本楼のようなテナント入札と共に、池でのボートの貸し賃や音楽ホールの入場料など多角的な収入p121-122
・皆が計画を立て、目標管理をして、改善を行なっているににもかかわらず、地域がどんどん衰退してしまっているところに、地域分野の問題の深刻さがあるp280-281

<教育を知る>芦花小サマーワークショップ 「思考力とコミュニケーション力を育てる《哲学対話》」

芦花小サマーワークショップで、「思考力とコミュニケーション力を育てる《哲学対話》」を実施したのでレポートします。

講座名: 思考力とコミュニケーション力を育てる《哲学対話》

講師 : 河野 哲也 (立教大学 教授 )

内容 :自由な意見と自由な疑問が認められる話し合いの場で、自分たちの考えた問いを好奇心の赴くままに話し合うことで主体性を身につけます

流れ :①哲学対話説明(ビデオ)②問い出し:ホワイトボードにみんなで話し合いたい問いを出す。③2グループで対話(学年シャッフルする。最初5分はアイスブレーキング)④エヴァリュエーションとまとめ

4年生〜6年生まで20名強の児童が集まり、講座は始まりました。

➀哲学対話説明(ビデオ)

河野先生から哲学対話について説明があった後、こどものための哲学映像(哲学プラクティス連絡会)を見て哲学対話のイメージを掴みました。子どもたちからは「なんとなくわかったー」の声が。

  

②問い出し

ホワイトボードにみんなで話し合いたい問いを出しました。

子ども達からは、様々な視点からいろいろな問いが出ましたが、最後は1人2票の持ち点で投票したところ、10票集めてダントツ1位で

テーマ:宇宙の外には何があるのか?

に決定しました。なんて難しいテーマだ。

 

③2グループで対話(学年シャッフルする。最初5分はアイスブレーキング)

学年がシャッフルするようにチーム分けをして、さぁ開始、の前に仲良し同士で隣に座っているのをシャッフルするために、なんでもバスケットをしました。(アイスブレークを兼ねてます)

そして、いよいよ対話開始。各班には、河野先生と大学院生が分かれてファシリテーターを務めます。ファシリテーターは問を投げかけても、答えを言うようなことはしない。議論を進めていくのは子どもたち。  

・宇宙ってどこまでが宇宙?

・宇宙は暗いからその外は真っ白で色がない

・場所、空間はあるが他には何もない

・人間にはわからないものが広がっている

・外ってどういうこと?

・そもそも宇宙におわりはないよね

・いや宇宙に終わりはある

・じゃあ終わり、端、果てにはは何があるの?校庭の終わりは道路があるよね

・どうなってたら果てっていうの

・空間の終わりと時間の終わり

・0から1は生まれないから、何かはあった。何があった。宇宙の外は何もない

堂々巡りをしているようで、最後に「無の概念」 を議論するにいたるという、この間わすが30分。正直、子どもたちの話す内容が高度でついていけない。決して子ども達に知識があるのではなく、物事について深く思考する姿勢の問題なのかな。

④エヴァリュエーションとまとめ

河野先生から、「物事を深く考えたり、みんなで議論したりすることは、いつでもできるので今日で終わりにすることなくこれからも機会を作ってやってみよう」と、まとめの話。


子ども達が書いた講座の感想に、河野先生曰く、歴史的に偉大な哲学者がたどり着いた真理に触れるような記載があったとのこと。知識として教えたわけではなく、対話の中で紡ぎだされ出てくる真理。わずか30分で小学生が偉大な哲学者へ。もちろん、河野先生、大学院生によるファシリテートがあってこそだけど。

子どもの力をなめたらあかん

改めて思った講座だった。

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<教育を知る>芦花小サマーワークショップ 「通学路は安全?~こどもの目からみた交通安全」

<教育を知る>芦花小サマーワークショップ 「通学路は安全?~こどもの目からみた交通安全」

芦花小サマーワークショップで、「通学路は安全?~こどもの目からみた交通安全」を実施したのでレポートします。

講座名: 通学路は安全? ~こどもの目からみた交通安全~

講師 : 一ノ瀬 佳也 (立教大学 特任准教授 )

内容 :子どもたちが日常的に利用している通学路の安全を、自らの目で確認することで、当事者の子どもたちの視点で交通安全を確認する。これにより、子どもたちは交通ルールや規則を自分の課題として自覚し、更には子どもたちも地域に住む住民の一人としてその存在と役割を自覚することになります。

流れ :➀自己紹介(アイスブレイク)②プログラムの説明・班分け③通学路探索(2班)④発表準備⑤発表⑥講師講評

少し雲行きが怪しい中だったが、予定通り6名(4年生:4名、5年生:1名、6年生:1名)の児童が集まり、講座は始まりました。

➀自己紹介(アイスブレイク)

②プログラムの説明・班分け


いつもはカチカチに堅い一ノ瀬先生も、今日はゆるゆるで柔らかくてびっくり。子ども達もつられてすぐにリラックスモード。

③通学路探索(約30分)

蘆花恒春園、烏山神社の2コースに分かれて探索スタート。通学路の危ないところ、良いところを写真撮ったり、メモをしていきます。

④発表準備

大学生が見守る中、良いチームワークで写真とメモをまとめていきます。僕が普段やってるミーティングよりも素晴らしい。


⑤発表

「5分じゃ短い!」話したいことがたくさんあっておさまらない。

「三叉路のミラーはトラックの運転手には見やすい位置かもしれないけど、背の低い歩行者には見にくいから、場所を変えるか2つつけるべき」との提案は、まさに当事者であるこどもの視点。


⑥講師講評

一ノ瀬先生から、「普段ルールだからと何気なく守っていることも、いろんな人が考えて作ってる。でも、ミラーの件でもわかるように改めて自分たちが考えてみると問題点もあるんだね。だから、普段からいろんなことに関心を持って考えてみて、できれば改善案を提案してみよう」との講評が。まさにシティズンシップ教育。

子どもの力をなめたらあかん

率直な感想。

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<教育を知る>子育て苦手なパパが子育てに関わるまで-芦花小サマーワークショップをコーディネート-

僕は子供と遊ぶのが苦手だ。もちろん一緒に遊んでいて、子供が喜んでいたり、子供の成長を感じたりするのは嬉しいが、お医者さんごっこをしている行為そのものは全く楽しくない。むしろ苦痛だ。(別のお医者さんごっこなら・・・失礼)

職場の同僚パパが、子供と一緒に遊ぶのを心から楽しんでいる話を聞くと(りかちゃん遊びが本当に楽しいのか?はなはだ疑問はあるが)僕は人として、親として、どこか欠陥があるのではないか?と自己嫌悪に陥ることが1年に3分位ある。

同僚パパから、「自分がやりたいことを子供と一緒にすればいいんですよ」とアドバイスを受けたので、唯一の趣味がお酒を飲むながら本を読むことなので、僕は公園やカフェに行きお酒を飲みながら本を読み、その間、子供は自由に遊ばせていた。何度かこれを繰りかすうちに、我が家では僕と子供だけで外に出かけることが許されなくなった。

そんな子育て苦手な僕が一念発起して(実態はそうせざるをえない事情があったのだが・・)、「地域と教育(子育て)」をマイテーマにしたのが今年の正月だった。

地方創成が叫ばれる中、2015年12月に、新しい時代の教育や地方創生の実現に向けた学校と地域の連携・協働の在り方と今後の推進方策について(中央教育審議会)が答申、コミュニティスクール学校支援地域本部が改めて注目され、自分の中で旬なテーマだったので、同じ悪党顔の石破さんに相乗りさせていただいた。

さて、具体的に何ができるのか・・

娘が通う芦花小学校では夏に学校運営委員会とPTA共催で、保護者、地域住民が講師となるサマーワークショップ(約40講座)を開催している。2016年度から、芦花小学校は世田谷区学校支援地域本部に指定されることが決まっていたのでサマーワークショップを拡充しようという動きもある。ここで講座をできれば、地域と子育ての両方に関わることになるのではないかと短絡的に考えた。

しかしながら、僕には何の専門性もない。自分では講師にはなれない悲しい現実。確かに自分は教えられるものを何ももっていない、でも僕は日々、専門性の塊のような人々と一緒に仕事をしている。そう、大学の教員(研究者)である。

自分がこれまで仕事で行ってきた産学連携・地域連携のコーディネートを参考に、小学校と大学(研究者)を繋げることができるのではないか、すなわち芦花小サマーワークショップの講師を本学の教員にお願いしたのである。

今回、私のわがままなお願いにも関わらず講師を引き受けてくださった先生方、そして小学校との間を取り持ってくださった芦花小学校学校支援コーディネーターの皆様に心から感謝いたします。

思考力とコミュニケーション力を育てる《哲学対話》 河野 哲也 (立教大学 教授 )

通学路は安全? ~こどもの目からみた交通安全~ 一ノ瀬 佳也 (立教大学 特任准教授 )

講座の対象は4年生〜6年生。娘は2年生で対象外。ご愛嬌ということで。

<社会を知る>お土産の価値

旅行、出張に行く度に、自宅、職場、実家、近所 etc などにお土産を買うわけだが、お土産は本当に必要なのだろうか?といつも疑問に思う。

大抵は、その土地で有名なお菓子を買うが、東京だと美味しいお菓子は他にもたくさんあるので買う意味はないと思う。

京都の亜砂利餅、北海道限定ジャガリコ、仙台の萩の月、石垣島ペンギン食堂のらー油など、待ち遠しい物もあるが、それらも大概はネットで注文できる。

改めて土産の価値とは何なのだろう?

『温泉をよむ』,日本温泉文化研究会,2011にこんな記述がある。

 

土産とはその文字が示すごとく、元来その土地で生産されたもの、すなわち土地のものを材料とし、その土地の人びとによって作られたものである。したがって土産品には、それを生み出す地理的な環境や製造技術、あるいはそれを支えた地域の歴史的・社会的背景などさまざまな事柄が内在している。

 

最近のお土産は、売っている場所とは違う場所で生産され、その地の名前だけが機械的につけられ、どこででも手に入るものが多い、made in Chinaなんてざらだ。

僕が考えるお土産の価値は以下と考える。

<渡す側の価値>

観光地に行ったという証が欲しいだけ、リア充をアピールするための自己満足

<受取る側の価値>

大事にされている、気にかけてもらっているという証

 

それだけでお土産には価値があるのかもしれない。

次の出張でも、家族、職場の反感が怖く、土産を購入するだろうね。一番安いのにしよう。

【参考】

・日本の観光土産市場は、2兆5000億円(観光物産総合研究所調べ)ということであるが、今後の動向が気になる。

・地域際発見プロジェクトということで、地域の隠れた名品を東京(上野)で販売するという店も人気を呼んでいる。先日、おもわず1万円分買ってしまった。

■のもの

http://www.jreast.co.jp/nomono/index.html

<地域を知る>岩手県-陸前高田-

陸前高田市は、2011年3月11日の東日本大震災により、市の人口の1割の住人が亡くなり、市役所を始めとする行政機能を含めた、街の機能を全て津波に流された。

陸前高田市の人々は、ほぼ全員が親族、もしくは知り合いを亡くしているという。そういう近所付き合いがいまだ残っている昔ながらの田舎町であった。

僕は、2011年12月にボランティアで、そして2012年11月にボランティア学生の引率スタッフとして陸前高田市を訪れた。

2011年12月

初めて陸前高田市を訪れた時にどうしてもわからないことがあった。

陸前高田市の人々がなぜ僕たちにあんなに優しく接してくれるのかということである。

現地でいろいろな人にお会いする機会があったが皆さんとても親切で、優しい。

ある方は、1日中街を案内してくださり、

「昔はあそこにお店があって、あそこは小学校で」と説明してくれた。

最後は家に招いてくださり食事までごちそうになった。この方は震災で息子さんを亡くされている。

僕は、自分に余裕がない時に人に優しくできない。

なぜ陸前高田の人々はあんなに親切にしてくれるのか。

僕はボランティアに行ったにも関わらず、逆に大きなものをいただいた。

それが最初に陸前高田にいき感じた疑問だった。

心のどこかでその疑問を抱えたまま日々の生活を送りほぼ1年後に陸前高田に行く機会をえた。

2012年11月

陸前高田を再度訪れ、新田部落という地域でボランティアをさせていただく中で、その疑問にたいして、僕なりの1つの答えがでた。

新田部落は、震災前は約70世帯の人々が住むコミュニティだったが、震災により今は20世帯しか残っていない。そしてそのほとんどが高齢者世帯である。

そのような状況の中で行政の動きを待つのではなく自分たちで立ち上がりコミュニティの復興を目指している。

そんな新田部落の復興の中心となっているAさんに、震災当時の様子、震災後の復興の様子などの話しをうかがっている時に学生がこんな質問をした。

「コミュニティの高齢化は進み、子供たちが故郷に戻ってくる可能性もない。そしてこの震災でコミュニティの崩壊は加速度的に進んでいる。このような状況の中でなぜ頑張れるのですか?」

ボランティア活動をしている時は、いつも笑顔を絶やさず、元気に明るく指導してくれるAさんがポツリと答えた

「そりゃさみしいさ。辛いさ。でもおら達は今更、知らない街にいって暮らすこともできね。ここでやっていくしかないんだわ。震災の直後、裏山に逃げて夜を過ごしている時に雪が降ってきた。おら達も、津波で流された仲間たちのように死ぬんだろうかと思った。でも生きた。生きたもんには、生きたもんしかできねぇ、やらなければならないことがあるんだ」

普段絶対に弱音をはかないAさんがつぶやいた言葉、それを聞き、陸前高田の人々の優しさの意味がわかった。

陸前高田の人々は心の中にとてつもない悲しみ、苦しさ、辛さを抱えているのだ、でもそれを出せないのだ、出さないのだ。

・弱音を出したらボランティアに来る人が重くなって次に来てくれないんじゃないかという不安

・弱音を出したら、奮い立たせている自分自身が折れてしまうかもしれない不安

・弱音を出したら、いや出せない、その性格、東北人としての気風

鳥羽市長が私たちに向かって言った言葉を思い出した。

「東北人は強い強いと言われますが違うんです。家に帰って部屋で一人で泣いてるんです」

僕は自分がしんどかったり、辛かったら全力でそれをアピールして誰かに助けてもらおうと思う。

自分の惨状を語り、権利主張を声だかに繰り返しなんとか利権を獲得しようとする人もいる。

自ら声を出すことをしない、出せない、陸前高田の人々、被災地の人々を救わずして他に誰を救えというのだろうか。

幼稚園、中学~大学までキリスト教の学校に通い、現在キリスト教系の大学で勤務しながら、一切、聖書に関心を示さなかった僕であるが、初めてこれまで学んできたことの意味、そして自分が今ここで働いている意味がわかった気がした。

陸前高田の人々はいった

「被災地を忘れないで欲しい。ここで頑張っている人がいることを覚えていて欲しい」

陸前高田のために、これからも個人として、そして組織として関わり続けることを宣言する。

<地域を知る>香川-高松-

2012年11月29日―30日 初めて高松の地に降り立った。

僕は、高松市、香川県をあなどっていた。四国では愛媛、高知が発展しており、香川は面積も狭いし、どちらかといったら寂れているのかなと、根拠なく勝手な先入観で思っていた。

ところがどっこい。
yoshitomoのブログ-高松シンボルタワー

 

高松空港からリムジンバスでJR高松駅へ着き少し歩いてみると僕の根拠のない先入観が間違っていることにすぐに気付く。

まず目に付くのが、高松駅と海の間にそびえる30階建ての高松シンボルタワーである。

街並みは美しい。

日本の三大水城として有名な高松城跡を中心として、城下町の名残かきれいに整備された道には大企業支店の高いビルが立ち並んでいる(高松市は支店経済都市と言われている)。

複数の町を貫くように続いている立派なアーケードを持つ商店街は大変にぎわっている。ボッテガ・ヴェネタ 、グッチ、コーチなどの高級ブランドが立ち並んでいる。
特にこの商店街の1つ丸亀商店街は海外で受賞するなど、世界的に有名で多くの人が視察に来るという。(某大学教授談)

ライオン商店街は夜の店がいっぱいある。行きたかったが体調不良でいけなかった。無念。
yoshitomoのブログ-高松城

平成21年経済センサスによると、高松市で農林水産業に従事する人は全従業者数の0.4%であることからも高松市は立派な商業都市といえる。

また、四国の国の出先機関である財務局、経産局なども高松にあり、地方分権の流れの中で道州制が導入された際には、四国州の州都を狙っているという(高松氏某職員談)

■歴史
歴史的に見ても、香川、高松市は日本の中で重要な位置を示していた。(香川県の歴史、山川出版、1997)

古来より、瀬戸内海は近畿と九州、さらに朝鮮・中国を結ぶ海上交通の動脈として古くから日本の歴史上重要な役割を果たしてきた、その文脈から讃岐は瀬戸内海の会場交通の要所として軍事的に注目されていた。

讃岐は畿内地域との政治的結びつきが強まり、文化的交流が盛んに行われていたのである。
平安時代には、学問の神様 菅原道真が国司として赴任し、中国から日本に真言密教をもたらした空海は讃岐の出身である。どちらも知らなかった。相変わらず僕は無知である。

また江戸時代に多くの藩が財政難に苦しんだが、12万石に過ぎない高松藩がある程度の財政的余裕をもっていたのは、大阪の商人とコラボレーションし土地開発を行い、塩、砂糖、綿を生産する体制を築いたことが大きいという。江戸時代からデべが活躍していたのは驚きだ。

このように、歴史的に、文化的、経済的にも確固たる地位を築いてきた高松市であるが観光地としても面白い。

■観光地として
街づくり

海、山、そして平野に囲まれた街として、市街地と住宅が混在しているのが個人的に好きである。香川で言うと、金比羅山が観光地として有名でもちろん魅力的なのだが、商業地、市街地、住宅が混在した街も魅力的である。東京の谷根千の魅力や、イタリアのナポリの魅力と同じであると思う。

高松は平野なので通勤時にも自転車に乗っている人が目に付くが、僕も駅前でレンタサイクルを借りた。
商店街を抜け、少しわき道に入ると洗濯物を吊るした住宅街がある。こればっかり見てるとただの変態だが、そこに生きている人の匂いを感じれるのがいい。

観光施設

観光施設にもいくつかいった。

四国村はかなりのお金をかけて作ったと思うが、傾斜面にたっている。

長崎のグラバー園のようにエスカレーターがあればいいが、そういう対応がないので、高齢者がいくのは難しいだろう。

誰がターゲットかわからない。維持費も相当かかってるだろうな。

県立ミュージアムは映像と展示物をうまく活用して香川の歴史を説明していて、かなり楽しめる。
ここもお金がかかってるなー。

長崎市もそうだったが、地方のミュージアムはかなり面白い。行かないと損だな。


うどん県宣言をしているだけあって、やはり讃岐うどんでしょ。うまい。宮崎県産のかしわ天が特に

麦蔵
http://tabelog.com/kagawa/A3701/A370101/37000874/

yoshitomoのブログ-讃岐うどん

今回の出張では、このような魅力ある高松、香川、そして四国の持続的発展のために、産業イノベーションを産学官金でどのように産み出していくかということについて議論した。

業務用の詳細なレポートはこれから作るのだが、一つ強く感じたのは、これからは香川県という単位ではなく四国という地域単位で、その四国のユニークさ(独自性)を前面に打ち出した街づくり、企業づくりをしていくことが重要であり、必要であるということである。地域分権の流れからもこれは間違いないことだろう。

大学は多すぎると叩かれていはいるが、文部科学省がいう、(COC (Center of Community)構想にあるように、地域の核となる大学は、四国のユニークさを打ち出していくにあたり、さらにその重要性、存在感を増していくと確信している。

具体的取組みについては、実践の中で示していきたい。

日本は面白い。知らないことがいっぱいだ。日本を楽しもう。