<教育を知る>子育て苦手なパパが子育てに関わるまで-芦花小サマーワークショップをコーディネート-

僕は子供と遊ぶのが苦手だ。もちろん一緒に遊んでいて、子供が喜んでいたり、子供の成長を感じたりするのは嬉しいが、お医者さんごっこをしている行為そのものは全く楽しくない。むしろ苦痛だ。(別のお医者さんごっこなら・・・失礼)

職場の同僚パパが、子供と一緒に遊ぶのを心から楽しんでいる話を聞くと(りかちゃん遊びが本当に楽しいのか?はなはだ疑問はあるが)僕は人として、親として、どこか欠陥があるのではないか?と自己嫌悪に陥ることが1年に3分位ある。

同僚パパから、「自分がやりたいことを子供と一緒にすればいいんですよ」とアドバイスを受けたので、唯一の趣味がお酒を飲むながら本を読むことなので、僕は公園やカフェに行きお酒を飲みながら本を読み、その間、子供は自由に遊ばせていた。何度かこれを繰りかすうちに、我が家では僕と子供だけで外に出かけることが許されなくなった。

そんな子育て苦手な僕が一念発起して(実態はそうせざるをえない事情があったのだが・・)、「地域と教育(子育て)」をマイテーマにしたのが今年の正月だった。

地方創成が叫ばれる中、2015年12月に、新しい時代の教育や地方創生の実現に向けた学校と地域の連携・協働の在り方と今後の推進方策について(中央教育審議会)が答申、コミュニティスクール学校支援地域本部が改めて注目され、自分の中で旬なテーマだったので、同じ悪党顔の石破さんに相乗りさせていただいた。

さて、具体的に何ができるのか・・

娘が通う芦花小学校では夏に学校運営委員会とPTA共催で、保護者、地域住民が講師となるサマーワークショップ(約40講座)を開催している。2016年度から、芦花小学校は世田谷区学校支援地域本部に指定されることが決まっていたのでサマーワークショップを拡充しようという動きもある。ここで講座をできれば、地域と子育ての両方に関わることになるのではないかと短絡的に考えた。

しかしながら、僕には何の専門性もない。自分では講師にはなれない悲しい現実。確かに自分は教えられるものを何ももっていない、でも僕は日々、専門性の塊のような人々と一緒に仕事をしている。そう、大学の教員(研究者)である。

自分がこれまで仕事で行ってきた産学連携・地域連携のコーディネートを参考に、小学校と大学(研究者)を繋げることができるのではないか、すなわち芦花小サマーワークショップの講師を本学の教員にお願いしたのである。

今回、私のわがままなお願いにも関わらず講師を引き受けてくださった先生方、そして小学校との間を取り持ってくださった芦花小学校学校支援コーディネーターの皆様に心から感謝いたします。

思考力とコミュニケーション力を育てる《哲学対話》 河野 哲也 (立教大学 教授 )

通学路は安全? ~こどもの目からみた交通安全~ 一ノ瀬 佳也 (立教大学 特任准教授 )

講座の対象は4年生〜6年生。娘は2年生で対象外。ご愛嬌ということで。

<教育を知る>こども哲学入門講座・実践講座に参加しました

こども哲学って知ってますか?

「哲学」と言うと難しそうな、「こども」とつくと簡単そうな・・・どっちやねん。

ということで、2016年7月31日(日)こども哲学おとな哲学アーダコーダ(代表:川辺洋平)が主催するこども哲学入門講座・実践講座に参加しました。

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午前中はこども哲学の歴史や理論を学び、午後は実際に哲学対話を実践する中でファシリテーターも体験する、という丸一日の長丁場でした。

今更ですがそもそも、こども哲学とは何かというと、アーダコーダの解釈は以下。

■こども哲学

哲学の問い=正解のない問い(正解がひとつとは限らない疑問)についてグループで考える哲学対話をこどもたちが実践する

■こども哲学の目的

参加したこどもたちが、一つの「問い」をめぐって考えたこと・感じたことを述べ合い、聞きあうことで、考えを深め、お互いを理解できるようになること。そのための技術と、姿勢を身につけること

私なんかは、こども哲学は2020年度に開始する、大学入試改革(新しい時代にふさわしい高大接続の実現に向けた高等学校教育、大学教育、大学入学者選抜の一体的改革について,中央教育審議会,2014)を見据えて「思考力・判断力・表現力や、主体性など」を養うために使える教育だなぁ、と計算高く考えてしまうけど、そういった大人の事情というよりも、アーダコーダでは、もう少し高尚な目的をもって行われています。

こども哲学は、単に現代の産業社会に求められているから、思考力や対話する力を育てるわけではありません。哲学対話は、人間として意義ある人生を生き、よき社会を構築していくための教育なのです。無批判に権威や他者に追随することをせず、自分で自分の人生の価値を見つけ、自分で判断し行動するためには哲学が必要です。それを子供の時からやるべきなのです(「こども哲学」で対話力と思考力を育てる」,河野哲也,p8)

講座の参加者も、会社員、小学校教員、ライター、高校教員、プレーパーク指導員、市役所勤務等、様々な職種の人たちがいて、皆さん、自分の子供、地域の子供、学校の子供たちに何かしらの形で考える場を提供したいという想いをもって参加しておられました。

哲学対話のファシリテーターをした率直な感想としては、

「難しい、いや、かなり難しい」

ということです。

「仕事とは」、「普通とは何か」という2つのセッションを行ったけど、答えを誘導してしまったり、自分で何を言っているのかわからなくなったり・・全然ダメ。

でも、なんとか修了書はもらえたので・・

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早速ですが、8月に、娘が通う芦花小学校に、立教大学教授の河野哲也先生と大学院生を講師に迎えて、サマーワークショップの1講座として実施してみます。

<子育てを知る>遊び

ヨハン・ホイジンガは「遊びは遊びのためにある」「遊びはヒトの本質である」、と言い、政治や戦争すらある意味遊びであると主張した。(『ホモ・ルーデンス』高橋英夫訳,1973)

ボストンコンサルティンググループ、アクセンチュアなどでコンサルタントとして活躍し、現在はK.I.T.虎ノ門大学院主任教授の三谷宏治は、ヒトが最大限の創造性を発揮し、熱意を持つのはまさに遊びの領域であり、それがいわゆる仕事であっても勉強であっても同じである。逆に言えば、子ども時代の遊びが、将来への訓練として重要であると主張した(『お手伝い至上主義でいこう!』三谷宏治,2011)

僕は田舎の新興住宅地で育ったが、そこには建築現場、公園、雑木林など子供にはたまらない遊び場がたくさんあり、そこで同じ世代の子供たちが集まり、警ドロ、かくれんぼ、鬼ごっこ、野球、ドッチ、サッカー、手打ち、基地作り、探検、ザリガニとり、などなど 毎日遅くまで、学年の枠を超えて子供たちだけであらゆる遊びに興じた。

遊びの中には、暗黙のルールがあり、ルールが無い場合は、その場でルールを考えたり、修正したりし、そんな中で新たな遊びが生まれたりもした。

遊びはPS(プレステ),DSのような親から与えられたものではなく、自分たちが考え、発展させていくものだった

だから面白かったし、時間を忘れて遊びに没頭した。

僕の人生最高のときである(小学校低学年)。

それからはずっと人生下り坂だ。

今、僕は娘にそんな遊びの場を提供できているだろうか。

イミング、英語などの習い事で子供から創造的に遊ぶ時間を奪い、遊び道具もDVDやI Padなどで安易にすませていないだろうか。意識してできるだけ創造的な遊びをするようにはしていたが反省するところが多い。

仕事も同じである。

電通鬼十則 には、「仕事は自ら創るべきで、与えられるべきではない」と書かれている。

リクルートの経営理念は 「自ら機会を創り出し、機会によって自らを変えよ」である

自分で企画提案し、実施する仕事はやっぱり純粋に楽しい

もちろんその分責任も生じるから大変だけど 

“生きてる” って感じがする

これまで以上に、娘には自ら考え、集中し、創造力を発揮できる場を与えていきたいと思う。

DSでそんなゲームないかな。

<子育てを知る>保育園の運動会-プロジェクト・マネジメント-

初めて保育園の運動会をみた。

子供の頑張り、活躍に、もちろん感動したのだが、それと同じくらい先生たちの頑張りに感心した。

運動会の運営はプロジェクトマネジメントである。

開催までの数ヶ月にわたる準備はもちろんだが、運動会当日に、企画、スケジュール策定、役割分担、進捗管理などのプロマネの要素が全て詰まっている。

その中でも、もっとも大事で、もっともマネジメントが難しいのが、リスク管理だろう。

保育園の子供たちはリスクの塊である。 歩き回る子供、泣き出す子供、トイレに行きたいという子供、疲れて寝てしまう子供、お漏らししてしまう子供、いろんな子供たちがいた。 そんな予測不能な子供達に、先生たちはら限られた資源の中で、その場その場の判断で臨機応変に対応するのだ。

リスク対応担当なんて言う役割をおく程の予算的、人的余裕はないだろう。

先生たちが自分たちの役割がある中で、その場その場の個人の判断で迅速に適切に対応するのだ。 その、対応は芸術的ですらある。

ほんと感動した。 アメリカのホワイトカラーは労働契約書の中に、ジョブ・ディスクリプションが記載されていてその役割の中でしか仕事をしないと聞くが、それだと、

「泣いてる子供の面倒を見るのは私の仕事ではない!」

と言ってしまうので、運動会を運営すことは不可能だろう。

※完全にステレオタイプの味方で、アメリカの保育士さんは実際はそんなことないと思います。

保育園の運動会に日本の暗黙知の真髄をみた気がする。 私が撮ったビデオを見てみると娘の映像よりも、先生たちの活躍の方がおおく写っている。

そして、明らかに可愛い先生ばかりが写っている。 嫁に説明がつかない。

<子育てを知る>やってみなはれ

「やってみなはれ」

サントリーの二代目社長・佐治敬三がビール製造進出を決意し、創始者である鳥井信治郎に相談した際に、信治郎が言った言葉である。

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「チャレンジして失敗を恐れるよりも、何もしないことを恐れろ」

ホンダ創始者である、本田 宗一郎の言葉である。

「為せば成る為さねば成らぬ何事も 為らぬは人の為さぬなりけり」

江戸時代屈指の名君、出羽国米沢藩の第9代藩主、上杉鷹山の言葉である。

「あかん、あかん!そんなん危ないからやったらあかん。ママに怒られるよ!」

娘が、階段2段目からジャンプすると言った時に、はやし よしとも が言った言葉である。

子供には失敗を恐れない、でかい人間になってほしい。

心からそう思っている。

<子育てを知る>娘の号泣

最近、娘が大泣きする

◇頭を机にぶつけたので氷で打撲したところを冷やしていると、突然

 
「冷やしたいけど、もう痛くなくなったから冷やせない。痛くないと冷やしたらダメなの!!」
 
と号泣
 
◇夜寝る前に妻が本を読むのが習慣だが、本を読もうとすると
 
「本を読みたいけど、眠いから寝ないとダメなの。でも本を読みたいのーー!!」
 

と号泣。

妻から話を聞き、これは面白いと思い調べてみると、

 
レヴィン(Lewin, K. 1935)が示した「葛藤」という状態らしい。
 
2つ以上の欲求または動機が同時に存在し、それに基づく誘発性の強さがほぼ等しく、かつそれらの目標としていることが相互に相容れない反対の方向になっているような時は、力が釣り合って、人はその位置から動くことが困難になる。

娘は欲望と理性の間でゆれ、また欲望と欲望との間で揺れてると思われる。これを解決すると、意志(will)がうまれてくるそうだ。

こうやって子供は自律していくんだな。

欲望全てを追求し、いまだ自律できない自分、子供に学ぶこと多い