<社会を知る>電柱地中化

駅から自宅までの道路で電線地中化工事を行うとのこと。

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予算を調べるとほんの30m足らずなのに1億円近い、また、調査含めて1年くらいかかるみたいだ。

費用対効果はあるのか。

世田谷区HPを見ると、世田谷区各地区の整備方針で、住民の声として電線地中化の声はあがっている、また「電線地中化5ヶ年計画」なるものもあり、それに基づいて整備しているようである。

平成7年度に制定された「電線共同溝の整備等に関する特別措置法」に基づき、国庫補助金がでるのも、地域の地中化を促進している。

電線地中化のメリットとしては、
①防災対策
②景観の向上
③交通安全の確保
ここまでは納得できるが、「カラスが電柱に止まらなくなりゴミの被害がなくなる」などという、とんでも意見もあった。

世田谷区議会の答弁で、
「日本の無電柱化率は、2008年現在で2%、また東京都23区に限っては7%とヨーロッパなどの先進国に比べ、かなり立ち遅れています。例えばロンドン・パリ・ボンでは100%、ベルリンは99%、という状況です」
と言っているが、ヨーロッパは、土地の公共性から景観を守るという意識が強いし、恐らく観光を産業として強く意識していることもあるから、防災の観点で整備する日本とは事情が違うと思うので単純比較はできない。

防災対策という面では狭い道路での電線地中化が必要と言われているが、幅4メートル以内の道路では技術的に電線地中化は難しいという。電柱地中化が本当に必要なところでは行えないのだ。

世田谷区としては、5カ年計画ですでに予算がついていたり、議員の声が大きかったり、カラスが嫌いだったり、様々な事情があり整備せざるをえないかもしれないけど、その時、その時で本当に必要なところにお金を使うような予算制度にするべきであろう。

個人的には、車運転するとサイドミラー電柱にぶつけまくりだし、マンション周辺の景観が良くなるとマンション価値が向上するかもしれないから嬉しいが、気になる問題である。

<子育てを知る>ツンデレ

娘が寝ようとしているときにタイミング悪く帰宅すると、まだ風呂も入ってないし、夕飯も食べていないのだが

「パパも一緒に寝ようよー」

と涙声で布団から呼びかけてくる。

仕方ないなーと思いつつ、必要とされることがうれしく、わくわくして布団に入ると

すぐさま

「あんぱーんち」

なんじゃそれは。

それでもしつこく横にいると

「狭いー、暑いー、パパあっちへいって(怒)」

どんなツンデレやねん。

でもこれがたまらない。

僕は昔からツンデレ好きだ。

ツンデレの効果は、心理学でも、イリノイ大学のジェラルド・クロアの実験によって『ゲイン・ロス効果』として証明されている。

人間は、ずっと自分に優しくしてくれた人よりも、最初は自分に冷たいと思っていた人が優しくしてくれた場合の方が、よりうれしく感じる傾向があるのだ。

嫁もツンデレだ。

ただ近年、その比率が急激に変化してきた。

結婚前は、ツン:デレ=5:5
結婚後は、ツン:デレ=7:3
出産後は、ツン:デレ=9:1
現在は 、ツン:デレ=10:0

デレが0だとツンデレでもなんでもない。ただ僕が嫁から嫌われているだけである。

今は、このデレ0をいかに、0.0001にするかの戦略を練り、戦術に落とし込み、行動に移している。

男のロマンである。

<子育てを知る>娘の習い事について

娘は今年の4月から、スイミングスクールに通いだした。

毎回、大泣きする

ガラス越しに見ているのだが、泣きながら手を伸ばして助けてくれと訴えてくる。辛すぎる。

嫌がる3歳の幼児に無理やり習い事をさせることに意味はあるのだろうか。

疑問に思い、本屋でいくつかの幼児教育本を購入し、二つの説があることがわかった

1.コントロール型(外発的動機)
人生は壁の連続であり、人は壁にぶつかり、それを乗り越えていくことで成長していく。幼児に困難を与え、それを乗り越える経験をさせる教育。
(事例)
宮里保育園(宮里あおいのおじさんが経営)、バディ―スポーツ幼稚園など

2.非コントロール型(内発的動機)
子どもが好きなことだけをできる環境を作るのが大人の役目であり、何をするかは子どもに任せるという教育。子どもは好きなことしか身に付かないということ。
(事例)
モンテッソーリ教育(イタリアの幼児教育)、フィンランドの幼児教育など

我が家の教育方針からすると2を目指すべきであり、そうすると、スイミングはやめた方がいいが、1の説をとるとこの困難を乗り越えるのが大事なのでここで辞めるのはまずい。

悩ましい

娘はプールに入ることは好きである。たまに、一緒に温水プールにいくとめっちゃ喜んでいる。

恐らくスイミングスクールの教え方がまずいのだ。
夏休み期間だったのもあるが、20人位の幼児が大渋滞を起しながらぐるぐる水の中を回っている。それを3人の先生で見ているので先生も1人1人の子供にかまう余裕がない。

しかしそういう状況になることは、ある程度わかっていて、私たち(親)は、スイミングを教えるという育児(業務)をスクールに委託(丸投げの随意契約)したのだから文句はいえない。

ここは覚悟を決めて、丸投げするのではなく、子どもが壁を乗り越えるサポートを親がするしかない。今スイミングをやめたら、それこそ苦しかった経験しか残らず、娘は自己効力感(バンデューラ.1997年)を喪失してしまう。
僕の醜い体を世の人にさらすのが恥ずかしいけど、日曜日に温水プールにいって一緒に遊び、楽しく潜ることを教えてあげよう。
スクールはその成果を発表する場と位置づけよう。

別の話しになるが、スイミングスクールで自分の子供が泳ぐのを見ているお母さんがたくさんいる。お母さんのレベルがめちゃくちゃ高い。
僕は娘の泳ぐ姿よりも、お母さん方ばっかり見てしまう。

もしかしたら、娘が泣いているのは、「私を見て!」という訴えかもしれない。